アートブックは、総合芸術のようなもの。ある者の繰り広げる表現が核となり、その本質を存分に伝えるために多分野にわたる職能が集結して、経験から培った知恵や技術を総動員しながら紡がれた集大成です。
その果てしない道のりは、かたちないものをこまやかに汲み取るところからはじまります。十人十色の価値観をもつ人々が力をあわせるには、まずコンセプトをしっかりとわかちあい、おなじ到達点を見定めることが肝要です。それには、めいめいをひとつに束ね、しかるべき方向へと導く存在が不可欠です。ときに励まし、ときには苦言を呈することも辞さない。公平な眼をもつ誠実さが、頼もしい羅針盤の役目を担ってくれます。
一方、作品世界をあますことなく具現化するには、グラフィックデザインの力が欠かせません。建築でいうところの設計にあたる部分でしょうか。全体の流れをつかみ、どうシークエンスへと落とし込むか。表現の真髄を的確にあらわすために、紙の選定や印刷方法、製本といった仕様を吟味することにも余念がない。丹念に編みあげることで、説得力を備えたうつくしいものができあがります。
ひとつの本を制作するときには、信頼のおけるデザイナーや編集者と手を結ぶこともあれば、表現者が自らその役割を果たすこともあるでしょう。また、これまでは出版社を介して世に送り出されることが一般的でしたが、昨今は出版プロセスにおける選択肢が広がり、自費出版も増えています。その作品にとっての最適を見極めることができれば、きっとすばらしい本が仕上がるはずです。
「アートブックは観てたのしむもの」と思う方も多いかもしれませんが、一度、あらゆる感覚をひらいて触れてみてほしい。手ざわりや質感、インクや紙のにおい…。絵画や彫刻と同様に、本というかたちをした芸術作品が存在するのだということを体感してもらえたら、これまでよりもすこし視野が広がるような気がします。
長年、アートブックと親しむうちに培った勘なのでしょうか。時折、表紙をみただけで「これはきっといい本だ」とわかることがあります。醸される気配に背中を押され、手を伸ばす。この本はそうした直観を頼りに選びました。
ギリシャ拠点の写真を専門とする非営利団体であり、自主的に運営する出版社のヴォイド。さまざまな実験的取り組みのなかのひとつに、写真家との共同出版があります。
この本はヴォイドが、アメリカ北東部・ニューイングランド地方の森を拠点とするアーティスト・デュオ、ディラン・ハウストアー&ポール・ギルモスと共同出版したもの。彼らは生と死にまつわる物語を語らう人々に耳を傾け、主に写真とアートブックの共同制作に焦点をあてながら、ときにふたつの分野の境界を探究しています。
彼らはメイン州沖からボートでしか行くことのできない小さな島・ピーク島にわたり、そこで共同生活を送っていました。現地で撮り納めた一連のイメージから、その場にたちこめていたであろう空気感が漂ってきます。当初はこの地域の記録やそこに住まう人々の特有の強いアイデンティティを察してはいたものの、それを表現したり語らうことを望んだわけではなかったのだそう。現地で彼らがみたもの、感じたこと。それをもとに、どんな想いを馳せたのか。そのすべてを織り交ぜて、どのようにして残し、伝えるか。あらゆる要素が重なりあってあらわれた、唯一無二の幻想的な世界。それを現出させたのがこの本です。映し出された情景が現実か虚構か、それは大きな問題ではないように思います。写真家がなにかしらの体験を通じて得たであろう、ものの見方を通じて世界を見つめなおす。それこそが写真表現の醍醐味なのです。